催眠療法の会

最高顧問 上野博士
催眠療法とは?
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催眠療法の会発起人 加護 宏明 プロフィール
催眠療法の会発起人 加護 宏明
1978年京都生まれ。臨床催眠療法士。
高校卒業後、自らの病気の治療費を稼ぐため仕事を転々、手術の為入院5回。
その過程で様々な療法の本を読み漁り、特に催眠療法に惹かれる。
東京転居後、都内の某催眠療法家に師事。 得るものはなく失望。
そんな中、上野博士に弟子入り。核心に触れメキメキ腕をあげる。
自分と同じような人達の力になるため本催眠療法の会を立ち上げる。
あいさつ
私は小学校高学年より、蓄膿、肺気胸、斜視、頭痛と、継続的病状に長年闘病生活を強いられながら、なんとか高校を卒業しました。 その後はひたすら、自らの治療費を稼ぐため仕事に明け暮れる毎日でしたが、結局手術の為入院5回。おかげで仕事も転々とするはめになりました。
でも、その過程でいくつかの療法の本を読み漁る中、催眠療法にはとても惹かれていました。
そして東京に転居したのを機会に、都内の某催眠療法家に師事しました。
でもそこの催眠療法の講習の中身と言えば、漠然としたあいまいな説明で、具体性がなく捉えどころがない。
実習といえばお互い練習生で催眠を掛け合う練習のみ。
手の内(!)を知った仲間に催眠かけるまねをして、いったい何の意味があるのだろう。
何も得るものがない中、それでも1年ほど辛抱を続けましたが、辛抱の甲斐なく、私は1年もの時間を無駄に過ごしていたのに気がつきました。
今これを読むあなたも、同じような経験をお持ちかも知れません。
でも、それでも私はちゃんとした催眠療法を求める心を抑えることはできませんでした。
そのためかどうか、幸い催眠療法博士のホームページにたどり着くことができました。
その後の展開といったら、それまでの1年間がまるでウソのように、運命が変わり、
めまぐるしい展開が起きました。
博士にメールでこれまでの疑問を具体的に質問したところ、
それまで全く気がつきもしなかった内容が具体的に返ってきて、
書籍のみから学んできていた自分の独りよがりな実践を伴わない思い込みを
まざまざと思い知らされたのでした。
(師は何と、「君はもっともらしい事を述べてるが、書物のウソを見抜いたことはないだろ。
書物を鵜呑みにしてはいけない。たとえどんなに良い書物であっても書物のウソがわかるレベルにならないと書物の知識だって身にはつかない。」というような事を私にまず説いてから具体的な話に入ったのです。)
私は師事すべき師を見つけ出した喜びと共に、また同時に自分は博士から直接教わる事ができるかどうか不安でした。 幸いその不安は杞憂に終わりましたが、ついて来れない者は放っておく主義と後になって聞かされ、ほっと胸をなでおろしたものでした。
博士から直接きちんとした理論を学びながら、研修生として、練習生同士の馴れ合いではない第一級の現場の催眠療法の施術に直に接し、その時のクライアントの様子から、博士の手法の優秀さをまざまざと実感し、その技術の習得に励みました。
こうした第一級の現場での研修が優れたセラピストになるためには不可欠です。
そして、然るべき師を得れば私でもまっとうな催眠療法士になれる事が分りました。
私はこれまで世の中、苦しんでいる人から 適当な催眠でお金を巻き上げている方々が多いように見受けました。
おかげで自分と同じように苦しんでいた人が、泥沼に入っていくのかと。
みるに耐えません。
彼らを苦しめている似非催眠を、はらだたしく感じたのが、
きちんとした催眠を人に教えて広めなくてはならないと考える動機です。
私が以前習っていたようなところでいくら習っても社会に害を流すだけです。
そんなところでいくら実習を受けてもできるようにはなりません。
ここに私が博士から受け継いだ手法があります。
この療法(上野式メンタルセラピー)で施術する一方で、この療法を
受け継ぐ方を一人でも多く養成していきたいと思います。
今、私なりに噛み砕いてさらに分り易く、上野博士のアドバイスを取り入れながらも、
あなたに合わせたペースで習得できるようにコースをつくりました。
大きな声では言えませんが、私は博士と異なり、ついて来れない生徒は作りません。 私は早く習得する方には早いペースで対応しますが、もしあなたのペースが遅くても、あなたが習得するのを待っていてあげます。 もちろん私といえどもちゃんとやらない方の世話までは致しませんが。
また、入会されて、博士の審査をも通った高水準のセラピストによるセラピーだけ
受けるのも可能です。
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